がー助君の日記


by miita06
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モノローグ

モノローグというのは「西暦○○年 人類はなんたらかんたら」みたいなのと
か、「彼は硬く誓ったのでした」みたいな説明。あるいはキャラクターの心情
の吐露みたいなものです。要は文章による説明ですね。
一般的なマンガや映画に於いては、モノローグの乱用はあまり良い方法とされ
ていません。僕もどちらかと言うとこの意見に賛成です。だからと言って全く
文字を使わないのも極端すぎるし、そもそもモノローグの多い、少ないの明確
な基準がある訳ではないから、どれくらいの量をモノローグに任せるかは
作家のセンス次第という事になるし、多いと感じるか少ないと感じるかも観る
側の判断によって異なるはずです。
うーん。例えば宮崎駿監督の風邪立ちぬは僕には恐ろしくモノローグが少ない作品
に思えました。風邪立ちぬが一見難解な話にみえてしまうのもモノローグの少な
さが大きな要因だと思います。説明がないせいで、時系列や時代背景、キャラク
ターの物語上の立ち位置なんかを観る側の洞察力と知識で補填しなきゃならない
のです。九試単戦とか普通の人知らないですから。
そういう意味ではモノローグは大変便利な表現で、物語をわかりやすくする事が
出来るし、モノローグで説明してしまえば、キャラクターの行動や物語中の現象
で説明すると数ページ数コマかかる所を1コマで説明出来ます。なので僕の場合
ページ数の制限のある短編なんかではモノローグをよく使っています。
ただモノローグを使う時は注意が必要です。モノローグは説明ですよね。僕は
この世の中で一番つまらない読み物は説明書だと思います。扇風機とか風邪薬
の説明書とか本当につまらないですからね。説明書読んで感動のあまり泣いた事
あります?僕はないです。あまりにもつまらなくて泣いた事はありますけど。
何でつまらないかというと、余計なモノが説明書にはないからです。暗喩や意味深
な表現は説明書にはありません。
その説明書を読んで読んだ人それぞれで感じ方が違ってはならないのです。つま
り説明書には感情移入する余地がないのです。感情移入出来ない物語ほどつまら
ないものはないから説明書はつまらないのです。
物語を作る場合、なるべくつまらない箇所は省かねばなりませんから、感情移入
出来ない説明はなるべく少ないほうがよいという訳です。
例えば「彼は悲しんでいた」というモノローグがあったとして、彼が悲しんでるん
だなというのは解りますけど、同じように読者が悲しい気持ちにはなりません。
即物的に悲しいのね、ふーんといった感じで思うだけでしょう。仮に作者がここ
で読者が同じように悲しんでほしいのなら、このモノローグは明らかに失敗です。
ならこのモノローグとともにキャラクターに感情移入出来る
ような何だかのアクションをさせるのなら、そもそもモノローグ自体いりません。
わざわざ「悲しんでいた」と書かなくともキャラのアクションで読者はわかるから
です。モノローグは蛇足という事になります。
それじゃあ、このモノローグは入れないほうがいいのかと言うと、一概にそうと
は言えないです。要は使い方です。
例えば僕が大好きなシグルイという作品では、とある新キャラが登場した際、
彼のプロフィールが延々と数ページにわたりモノローグで語られます。モノロー
グで彼の半生を語り終えた次のコマで新キャラは瞬殺されます。これだけの
モノローグで説明されてるんだから、さぞかしこの新キャラは劇中で活躍するの
だろうという読者の期待を壮大に裏切る伏線として長いモノローグは機能してる
わけです。すぐ死ぬ雑魚キャラにはこれほどのモノローグは本来必要ないの
だから、これは前述したつまらない説明には当てはまりません。説明という形態
を模した意図的な演出です。
モノローグがやたらと多い作品と言えば何と言ってもカイジです。もはやモノローグ
はこのマンガの代名詞といっても過言ではありませんが、それにも関わらず
大変面白い効果を挙げてるのは疑いの余地がありません。
このマンガの場合主人公は登場人物の他にオリジナルのゲームにあります。
これをより魅力的に見せなければ面白くありません。なのでモノローグによる
細かいディテールが不可欠です。また対戦者同士の駆け引き、内面の葛藤
などです。このマンガの世界観は絵柄、演出も含めてとても記号的
ですから、現実感がありません。それを補うのに膨大なモノローグが機能
していて、バランスがとれているんだと思います。
これを計算してやっているなら福本先生はとても頭がいい作家だし、何となく
やってるなら天才なんだと思います。

こんな風にモノローグは使い方次第でとても効果的に機能するという事
は言えると思いますが、取り扱いが難しいのは間違いありません。
僕は不器用なんで、演出を考える際はなるべくシンプルに考えます。
劇中では極力モノローグによる説明は入れません。
フリージアでも「近未来日本、敵討ち法という個人の復讐を合法に行う
事が可能となった社会」などというモノローグは一切入れませんでした。
映画ではオープニングにそういう文言が入ってましたね。
まあ、時間短縮とアホでもわかる演出としては便利ですけど、やはり
説明書読んでる感が否めなくて、僕はああいう感じはあんまり好き
じゃないみたいです。

以上モノローグについての説明でした。
by miita06 | 2015-11-28 13:43

音楽

昔三島由紀夫の音楽を読んだが僕はバカなのでよくわからなかった。金閣寺は主人公が僕みたいな卑屈な野郎だったんで楽しく読めたのにな。
さっき掲示板で僕の音楽の趣味について質問されてる方がいたんだけど、本当に僕は最近音楽に興味がない。聴いてないわけじゃないんだけど、特定のアーティストを追っかけてるとか、気に入ったCDを買うという行動をしていないという事だ。主に昔好きだった曲を聴くだけで、今流行の音楽とかはまるで知らない。たまにラジオで頼んでもいないのに今週の推薦曲とかで売り出し中の曲が流れるが、今のところ一度も興味をそそられる曲に出会った事がない。ムーンライダースの鈴木慶一がDJやってる音楽番組での彼の選曲は神がかってて、あまりにも良すぎて一番よくない選曲が彼自身の曲という皮肉な結果になってたりする。しかしそれらの曲もやはり昔の曲ばかりだ。
これは単純に僕のセンスが鈍くなって流行についていけなくなっていて、もうロックなどというムーブメントは過去の遺物と化し、新しいジャンルが確立されており、僕がそれに対して無理解だからだろうか。昨今の音楽通はあらゆるジャンルと時代から良曲を見いだしていて、むしろジャンルや時代に拘る事を良しとしていないようだ。彼等から言わせると僕みたいな奴を所謂ロキノン世代と言って批判している。例えば漫画BECKなんかで描かれてる音楽概念なんかがそれに当たる。アイドルソングだからと言って見下すのはレイシストなんだそうだ。言われてみれば確かに僕がバンドをやってた90年代後半から2000年代初頭にはそういう風潮があったと思う。純粋にある曲を音楽という創作物として取り出して、それを観察するならば、クラシックだろうと歌謡曲だろうと、ジャンルに関係なくよいモノとわるいモノとがあるし、そんな事は当たり前なのだ。
音楽やファッションの世界では周期みたいなモンがあって、例えば80年代にはフィフティーズが流行ったし、90年代には70年代くらいの古着が流行っていた。現在では80〜90年代がブームみたいで女の子のファッションも僕からすると何でそんな古くさい格好してるんだと思ってしまう服着てるし、ラジオではボウイの特集やってて悪い意味で鳥肌がたつのだ。80〜90年代は僕がタイムリーで思春期をやってた時代で、どうしようもない嫌悪感があるのだ。その年代を今になって再体験するたんびに誰かに童貞のくそ野郎!と罵倒されてるような気持ちになっていやで仕方がない。僕は高校時代は宝島少年で、学祭でクラスのいけてる奴らがボウイのカバーやって女共にわーきゃー言われてる隣の誰もいない会場で沢田研二のカバーバンドをやってたりした。あと予備校の時は牛丼チェーン店の中でも日本一忙しいと言われる池袋の店でバイトしていて、店内で流れる有線はロマン飛行と踊るポンポコリンのヘビーローテーション。恐ろしい事にバイト仲間が、あれだけ流れてるのに、それでも飽きたらず、有線に電話でロマン飛行とポンポコリンを何度もリクエストしまくっていた。地震の時にしつこく流れたぽぽぽぽ〜〜んという宣伝で頭がどうにかなりそうだったあの感覚に近い。まだ地震の時は皆があのCMに抗議していたから良かったけど、ロマン飛行とポンポコリンの時は僕以外は皆大喜びしていたんだからマトモじゃない。皆見えない誰かに洗脳されていたんだとしか思えない。80〜90年代のメインカルチャーには恨みがある。むかついてしょうがないのだ。そういうトラウマがある人間がどの時代も並列的に捉え純粋に音楽として評価しろだなんて言われても出来るわけがない。人間ってそういうもんじゃないの?
by miita06 | 2015-11-13 21:55

南極

高校の時クラスの連中から呼ばれていた僕のあだ名は「プアマン」だった。わからん。わからんけど、その名の通り何故か僕は貧乏だった。だからといってバイトとかする気も無かった。僕的には貧乏でもあんまり困らなかったからだ。あと働くのが好きじゃないというのもある。しかし貧乏というより僕の場合はむしろ無精な性格のほうがいけなかったんだと思う。風呂にも入らないし服は洗濯しないし髪切らないし生まれつき顔色も悪いので他人からみると余計不健康で貧乏臭くみえるらしい。よれよれの短ランにボタンを止めず中に赤いタンクトップ。やたらとタックの入ったよくわからないズボンをはいていた。カバンは普通の学生カバンだったんだが、当時はカバンの芯の針金をひっこ抜いて余った皮を縫い付けて何の実用性もないペっタン子なデザインにするのが流行していたからか、僕が知らない間に隣の席のやつが勝手に僕のカバンの芯を抜いてしまった。僕は皮を縫うという作業をしなかったので、なんというか、余った革が丁度どら焼きをぎゅうっと押しつぶしてアンコがはみ出たような感じになってしまい、仕方ないのでそれの表面に死霊のはらわた2のステッカーを貼って持ち歩いていた。夜寝る時も学ランで寝るので歯を磨くと歯磨き粉入りのよだれが学ランにたれて、そのまま放置するんでがびがびに白いもんがこびりついていた。見かねた優しい友人が自分のお古の学ランとズボンを持ってきてくれた事がある。それでも僕が面倒臭がって着ようとしないと友人が烈火のごとく怒りだしたので恐ろしくなって仕方なく着替えると「やれば出来るじゃないか。よく似合ってるぞ。」と肩を叩いて褒めてくれた。もちろんその学ランとズボンも洗濯もせず着つづけたので卒業する頃には無茶苦茶になってたと思う。僕のこういう性質は今でもあんまり変わらない。この前何人かで麻雀やった時も「松本さんはパンクだねえ」と言われた。その時のTシャツが10年くらい着ていたやつで、色あせてあちこちがビリビリに破れていたのでファッションでそういう服を着てるのかと勘違いされたらしい。先日の打ち合わせの時も僕があまりにも汚らしい服着てるんで担当さんに「その服記念に写メしていいですか」と言われた。ちょっとは気を使えよと言われそうだけど、もうこの歳になってくると更にどうでも良くなって来る。どうせこんなおっさんが身奇麗にしたところで女が寄って来るわけでもないだろうし、ぶっちゃけ南極に行きたいと思う。昔観た南極観測隊のドキュメントで、その当時は男しか観測員がおらず、女がいないもんだからやりたい放題で、セーラー服着て仕事してる奴、モヒカン、ちょんまげ、基地の玄関にはラムちゃんのかち割りがウエルカムボードになってて、こりゃ最高だな〜と思ったからだ。ただ寒いのは苦手なんだけどね。
by miita06 | 2015-11-03 12:39

ハロウィーン

早い早い。あっという間に11月だ。そしてあっという間に年が明けてしまうんだろう。月日の経過がが早いという事は世相の移り変わりも早いという事だ。前はこんなの無かったのになあ、或はこんなの今は無いなあと言った感じで、ころころ変わる世間の流行は付いて行くだけで大変だ。僕が歳喰ったからというだけでなく、昨今はそのスパンが概念的に回転速度を増しているのだと思う。昔はのろのろ歩いていたゾンビが今や全速力でダッシュしてくる時代なのだ。考えてる暇はない。とにかく銃のトリガーを絞って片っ端から頭をぶち抜かないと間に合わない。自分で書いた過去のブログや漫画なんかを読み返してみると僕が予想していた未来と現実が乖離していたりして、今や過去の汚物と化した記号を最先端として描写しており己の先見の明の無さとセンスの無さを世間に露呈してて寒い事この上ない。僕が始めて描いた連載作品ウエンディでは劇中で女子高生が「ダヨネー」と言っている。超はずい。数年前のブログではハロウィンは日本には根付かない。とりわけ若者にはウケないとかほざいてるが今やハロウィンは若者の間で大流行して、その経済効果はクリスマスを超えているらしい。超はずい。今から考えると流行する兆しや整合性があった訳だが結局は後付けだ。予言者気取りが実は単なるほら吹き野郎だったのだ。超はずい。僕の世代はアナログからデジタルへの転換期で、ある意味大変特異な時代の境い目を体験した世代だと言える。僕の仕事のやり方も随分変わった。悲しいのはやはり若い人ほど俊敏で年寄りほど愚鈍という事だ。この間漫画家さん達の飲み会に参加したんだが、そこにいた作家さんは僕より年上の一世を風靡した偉大な方達ばかりだったが、いざデジタル作画の話になると恐ろしく疎くて、デジタルでやってる新人の若い漫画家の卵の足下にも及ばないレベルだったりする。逆に言えばデジタルの知識がなくとも素晴らしい作品は作れるとも言えるんだけど、とにかく、これからは俺は俺のやり方でいくぜ!という訳にはいかない所が厄介だ。今はまだアナログ世代が権力者の座についているからいいものの、いずれ下の世代が台頭してくれば仕事の流儀はすべてデジタルに変換される。ついていけないおっさんは仕事がとてもやりずらい。それでもなぜそれがいいのか、どういう理由で駆動しているのかまるでわからず、しかしとにかく訳のわからないキーを押してオーバーテクノロジーと、それから生み出される未知の概念にへばりつかないと知らないうちに寿命がつきてしまうとうい恐ろしい時代なのだ。
by miita06 | 2015-11-01 12:00